2011年10月アーカイブ

昼食を食べてから続いて本陣と街並みの見学になりました。

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役場の通りを出てすぐに甘酒とりんごのおもてなしを行なっていました。

 

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街並みの見学では今でも現役で営業をしているという旅館である「金丸つちや旅館」さん(上)は、二階が大きくせり出すような形をしています。二階には部屋が3つあって、20畳の部屋が3つあるそうです。もう一つの「酢屋茂」さん(下)は、醤油や味噌を売っているお店になります。現在五代目の方が営業をされていて、ガイドの方によるとかなり美味しい醤油や味噌を扱っているとのことでした。

 

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この食器のセットは和宮がお世話になったとお土産として置いていったものだそうです。

 

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この建物は芦田塾宿の本陣です。上の写真が正面の入口から撮影をしたもので、ブルーシートがかかっている建物の写真はお客様が実際に宿泊すると時に使われていたいわゆる客間と言われている所です。建てられて200年が経過しても変わらぬその姿は長野県宝に指定され今も尚、大切に保管されています。中には宿泊に使われた部屋や会議に使われた部屋が残っていいて見学をすることができました。

 

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芦田宿を抜けていよいよ茂田井宿にやってきました。茂田井宿にも笠取峠のように一里塚がありその前でガイドの方の説明を聞いていると、すかさずりんごジュースの振る舞いが行われました。果肉か少し入っているりんごジュースは珍しかったと思います。他にも、道を歩いていると周辺の方が「ご苦労様です~」とおっしゃってくれるのでとても励みになったと思います。さらに次のおもてなしをしていただける所には手作りのお茶菓子と抹茶のサービスがありました。下の写真がその時になります。ゴールに向かって歩いていた私は茂田井宿に大きな水路がたくさんあることに気がつきました。その理由はこの水路こそが茂田井宿の発展の主役だったからだそうです。蓼科山から水を引き、茂田井宿の人々は生活の水として使ったり2つある酒造会社はこの水を使って地酒を作っているのだそうです。2つの酒造会社は我が家でも飲む地酒なのでとても美味しいのは実感しています。・・・納得です☆

 

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この写真は茂田井宿の立科側にある酒造会社で「大澤酒造」という地酒の会社です。ここでは敷地内でおそばが振舞われました。更に店舗の中では地酒の試飲が行われており、おそばを食べた参加者の方が好きな地酒を飲み、購入をしている方もたくさんいらっしゃいました。

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「中山道ウォーキングinたてしな」もいよいよゴールとなりました。ゴールとなった場所は茂田井宿の望月側にある酒造会社である「武重酒造」です。望月町に住んでいる私達家族にとってはここの牧水、ミソノタケというお酒はとても身近な地酒であることは間違いありません。ここでも試飲と販売が行われており、参加された方は口々に「美味しい☆」と行って微炭酸のお酒でけでなく様々な種類のお酒を購入して買って帰られていました。望月町の人間として何だか照れくさいです。

 

今回、「中山道ウォーキングinたてしな」に参加して思ったことは・・・

・大人も子供も地域の方も全員が参加者を歓迎する姿勢が整っていると思った。

・和宮の食べたメニューが食べられるとは思わなかった

 →意外と良い物を食べているんだなとも思った

・望月宿にも本陣はあるが、見学できるか分からない

・望月町でも是非やってみたいと思った。

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは、前川ゼミの4年の小林です。

 

今回のブログでは長野県の立科町で10月23日に行われた中山道ウォーキングinたてしなの様子を紹介したいと思います。私はこのイベントに家族揃って参加をしました。何故私がこのイベントに参加したのかというと、私のゼミで研究をしている望月町の魅力を作るというものに少しでも参考になる所を見つけたいと思ったからです。

 

まず、このイベントがどのようなものかと説明したいと思います。1860年の10月20日京都に住んでいた和宮という朝廷の女性が江戸の将軍に嫁ぐ為に中山道を使って江戸に向けて出発しました。その時に休憩所、さらには昼食を食べるのに使われた所が今回のイベントで私達が歩いたコース上となる中山道の芦田宿の本陣となるのです。イベントでは語りべという方達のガイドの案内で各チェックポイントとなる所に立ち寄りながらガイドの方の説明を聞き、散策をしながら美味しい物を食べ歩くのです。

 

イベントの始まりは立科町の役場に集合することから始まります。あらかじめ撮影先般の許可を実行委員の方に取ってありましたので、ここから気づいた所は常に撮影することにしました。立科町役場の建物を撮影した所、面白い衣装の方を発見したのでお願いして撮影をさせていただきました。その時の写真がこちらです。

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母の話ですと、この方達はガイドの方ではなくボランティアの方がイベントを盛り上げる為にこのような格好をしているのだそうです。観察をしてみますとちゃんと草鞋(わらじ)を着用していたんです。侍の格好をしてみたいと考えていた私はとても羨ましく思っていました。このイベントの受付をした時になんと祖母が最年長者だったようで記念品が贈呈されました。それから間もなくしてオープニングセレモ二ーが行われて各チームごとにスタート視点にバスで移動しました。私達家族はA-2というチームで笠取峠の頂上付近からスタートとなりました。

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スタート地点の様子です。笠取峠の頂上付近には写真のような石碑が設置されていました。かぶっている笠を飛ばして取る位の強い風が吹いていたことがこの峠の由来だそうです。中山道は別名を「お姫通り」とよばれていたそうで意味としては比較的に歩きやすくお姫様でも歩けることができたということからきているそうです。そういえば水戸黄門の場面の中で「○○道と中山道のどっちにいきましょうか?」と相談している場面をなんとなく想像していた私でした。

 

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頂上から少し歩いた所にあったのがこのしだれ桜です。車の往来が激しかったので近づいて撮影が出来ませんでしたが、枝垂れ桜の根元には「一里塚」と呼ばれる石碑があるそうです。一里というのは昔の道を測る距離の単位でおよそ4キロ間隔で設置するように義務づけられているとのことです。

 

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一里塚からさらに道を下ってくると松並木があります。この松並木は1キロにわたって植えられていて県の天然記念物になっています。旅人が休憩をする為に松をたくさん植えてあり当時は753本もの松が植えられていたそうですが、この松並木を車が通るようになってからは松の数が減っていき、現在では100本弱となってしまったそうです。松並木の真ん中のゴツゴツした所は当時の道です。

 

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松並木から更に下ってくると、ちょっとした公園がありました。写真ではかなり見にくい写真ですが、この写真は和宮の一団が中山道を通る様子を描いたもののようです。和宮の一段が通る時は不手際の無いようにする為に障害物になるものはあらかじめ壊してしまったそうです。描かれていた絵には牛車(牛が引いている車)が描かれていたということは、そのために道の整備や障害物を取り除いたのでしょうか。

 

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公園から降りてくるといよいよ芦田宿には入ります。そこで私達を待っていたのは地元の方のおもてなしでした。ここでは饅頭が振舞われました。中身はあんこ・かぼちゃ・野沢菜の中から一つ。私は野沢菜を食べましたが、とても美味しかったです☆

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芦田宿は敵が攻めてくることを想定してあえて曲がりくねった道の構造をしているといった説明を受けながら、私たちはスタート地点だった立科町役場に向かっていました。その途中にあるのが「正明寺」というお寺で休憩を取りました。そこでは地元の子供達がおもてなしの手伝いをしていました。ここでいただいたのは団子とお茶でした。

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立科町役場に帰ってきまして、いよいよ昼食の時間になりました。写真のお弁当が「和宮昼御膳」になります。このお弁当は実際に和宮が食べた昼食を古い歴史の書物を読み解き、立科町のホテルの方が監修したものです。箱の奥に鰻の蒲焼があるのに少し疑問を覚えました。「佐久地域の宿なのでどうしても魚料理と言えば鯉」という印象が強かったからです。しかし「京都の和宮に合わせるのであれば鯉ではなく、鰻の方が良いのか・・・」と納得し、私も全てを食べました。りんごの隣についているのは栗のようかんでした。とにかく美味しかったです☆

~その2に続きます~

 

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